JZA80スープラ

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この前スーパーの駐車場で、
ノーマルのJZA80が停まっていた。

久し振りにしげしげと、
足を止めて見つめてしまった…

国産で一番最初に欲しかったクルマ、
トヨタ スープラRZの話。


写真はスープラと言えば有名な織戸選手の、
リドックスエアロを纏ったチューニングスープラ。
(ため息が出るほどカッコイイ仕上がり…)

デビュー当時は、
あのズングリとした肢体が随分と大きく見えたが、
今日現在見てみると、
そう大きくも見えないのは不思議だ。
スープラはあの当時の日本に於いて全てが「デカかった」のだ。

ふと、
そこで感じたのはJZA80が、
当時1993年の日本でリリースされた先進性と、
今日に於いても前時代感を感じさせないモデル、
ということだ。

ひとたび社外エアロパーツでオメカシすると、
姿や様子が一変して、
ドえらくカッコよくなるのもJZA80の特徴だ。
ヴェイルサイドエアロなどは超人気だった。

まずもってして、
あそこまでグラマラスなモデルは、
日本のスポーツカー史を見回しても類を見ない、
そして並べに並べまくった4連テールライト。
デザインの先進性は抜群だったのではないか?
そして今現在でもそれは通用するデザインだ。
「ブリッ!」というリアビュー!

3リッターエンジンを収めるボンネットは、
国産のクルマにしては前面投影面積がかなり大きく、
いわゆる最高速アタック時には、
ダウンフォース面に関しても有利だったようだ。
まずサイズ感が「デカかった」。


足回りは今日にも通じる、
高価なダブルウィッシュボーン形式を採用。
ちなみにランエボなどは簡素なストラット形式。

形式選択はクルマの思想設計をはじめ、
費用の問題だけではなく、
用途や制約もその形式選択に大きく影響してくる。

ラリーなどの過酷な用途であれば簡素な構造を選択したり、
ボディサイズなどの制約により簡素な構造を選択したりもする。
何もストラットが悪いとかそういう話ではない。

ダブルウィッシュボーンを選択したことにより、
繊細なセッティングやチューニングを施すことが出来たので、
その後のチューニング界に於ける発展性は大きかった。
足回りのキャパシティも「デカかった」。


ミッションは国産では初めての6速を搭載、
双璧をなしていたGTR勢でさえも、
R34モデルから6速ミッションを搭載し始めるが、
99年からなのでなんと6年遅れということになる。
「リバースギアはドコに入れるの?」とワクワクしたものだ。

しかもミッションはポルシェでも有名な、
ゲドラグ製のミッションを国産スポーツカーに採用。
スープラを1つ上のクルマに昇華させた要素でもある。

6速搭載でシフトスケジュールも緻密になり、
ドライバビリティも向上することで、
あらゆるシーンで楽しませてれるクルマとなった。
とりわけ最高速も純正ミッションで大台に乗るという、
エポックな側面も強いキャラクターを印象付けた。
ミッションに関しても許容幅が「デカかった」。


最後は名機2J
3代に渡って受け継がれたRB26と双璧をなした、
トヨタエンジンでは随一のビルダー御用達。
サーキットや最高速では600馬力超えはザラだった。
基本設計の許容量と、
ボンネット内のスペース許容量が相まって、
チューニングの発展度はほぼ無限に近いレベル。

ほぼ10年のモデルライフの中、
VVTI搭載/非搭載の前期/後期のみの変更で、
長寿だったエンジンモデルとも言え、
1J系に比べても贅沢なモデルだった。
エンジンに於いてもその発展性が「デカかった」。


あらゆるスケールが「デカかった」JZA80


唯一残念なのは、
スープラがレース直系のクルマではなく、
いわゆるストリートカーであったということ。

スーパーGTの前身である、
全日本GT選手権に於ける、
スープラのエンジンがいわゆるベツモノだったことは、
それを象徴しているだろう。

トヨタとしてもスープラというモデルに、
いわゆるサーキット仕様やRSモデルを設けなかったのは、
ある意味で最初から「見抜いていた」からかもしれない。

このレーシングスピリットはRBエンジンの独壇場であって、
GTRは純レーシング血統であり、
スープラはそうではなかったというのは、
今思い返してもれば極めてもったいない。


バブル直後にデビューしたスープラに、
ビックの象徴だったコルベットの影を少しだけ見たような、
色んな意味で「デカかった」スープラの存在。
今でもそのオーラはノーマルのままでも隠しきれはしない名車だ。


夜の湾岸線で、
低くノベッとしたフロントラインから、
ブリッとしたリアセクションに抜けていくライン…
稲妻の如く突き抜けて走っていくサマは、
2016年現在に於いても間違いなく現役である。

ちなみに我が青銀ポルは95年モデルだが、
JZA80も前期型になると同じような年式となり、
ネオクラシッカーの部類になりつつある。

名車は走り続けるのだ。