ポルシェクラシックパートナー

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メーカーが世界規模で実施する施策、
ポルシェクラシックパートナー(以後PCP略)。
今回はPCPの話。

日本では、
青山店が出来て、
世田谷店が認定中古車店になったタイミングで、
世田谷店がPCPの旗艦店となった。


メーカー目線では、
空冷ポルシェが世界的にこの高値で取引き出来る状況を、
シゲシゲと眺めては居られず、
メーカー直系のサービスフロントを立てて、
それ専門の整備・手直しできるメカを「再び」集めた、
いわば「空冷ポルシェ再生道場」的な立ち位置。
ポルシェはここでもまた商売魂を見せつけてきた。


「再び」とは?


近年のポルシェのディーラーには、
高性能なテスターやチェッカーが導入され、
メカマンに求められるスキルやニーズは随分と変わった。
いわば「職人の感や経験」的のものは積極的に排除され、
メンテナンスは極めてオートメーション化され、
そのクオリティはより均一に確実に管理されるようになった。

987に乗っていた頃、
2012年位に世田谷のディーラーに出入りしていたが、
空冷ポルシェを隅々まで把握したメカマンというのは、
ほとんど在籍していなかったという噂…


実はこのPCP設立に際して、
ポルシェが日本に正規代理店として入って来る以前に、
輸入代理を行っていた「ミツワ自動車」のメカマンを、
「再び」召喚したという話だ。
もちろん彼らは空冷ポルシェを扱うマイスター集団だった。

元々ミツワ所属だったメカマンは、
正規ディーラーが日本に入ってくると、
大勢としてそちら側に大きく流入をした。
時は丁度「空冷→水冷」に変わったタイミング。

しかしながらその後数十年近くの、
ポルシェの世界的な目覚ましい近代化の波と、
ポルシェの日本における大躍進の中で、
「空冷ポルシェマイスターのミツワ職人」は、
水面下で徐々に離れていったようだ。

飛ぶように売れる派手なフロントの見た目とは裏腹に、
一つ扉の向こうのピットの環境とニーズは、
「空冷→水冷」に変わったことで、
随分と変わったのだと察する…


そんな「旧知」の「竹馬」のメカマンに、
恥を承知で「再び」声をかけて始まったPCP。
ポルシェは「空冷→水冷」の激動中で、
何を失い何が大事なだったか気付けたのだろうか?

今日においても脈々と繋がる、
半世紀に渡る911という系譜があるポルシェに於いて、
目先の利益だけを追求して生きるということは、
もはや未来永劫不可能ということを、
PCPというサービス施策で、
深く深く胸に刻み付けて欲しいものだ。